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一般社団法人日本食文化観光推進機構(GTAJ)は地域の食文化を通じて地方創生に取り組むネットワークです。

Gastronomy Tourism Alliance of Japan

〒101-0041 東京都千代田区神田須田町1-5 翔和須田町ビル2階

特別寄稿CONCEPT

食は景観である

 ある炎暑のお昼時、小さな食堂が混み合っている。多くの客が注文するのは「ざる中華」。エアコンはなく扇風機が生暖かい空気をかき回している。新たな客が入って来て、ソース焼きそばを注文した。厨房の女性は中華鍋と菜箸で焼きそばを作り始めた。これはどこの風景なのだろうか。

 また別の風景。この町には鉄板を備えた店が多い。売り物はお好み焼きだ。といっても関西のように生地と具を混ぜては焼かない。水で溶いた小麦粉を鉄板に丸く広げ、キャベツ、モヤシ、ネギ、ラードの搾りかすである「肉かす」と「だし粉」と呼ばれるイワシやサバの魚粉を振り掛ける。「重ね焼き」とか「平焼き」と呼ばれる焼き方だ。ソースはサラサラのウスターソース。地元客はお好み焼きを食べ、お腹に余裕があれば焼きそばを注文する。最初から焼きそばを頼むのは観光客か旅行者と相場が決まっている。さてこれはどこの町の風景なのだろうか。

 前者は津軽の食堂風景だ。ざる中華はざるそばの日本そばを中華麺に置き換えたもので、東北全体で食べられている。津軽は夏が短いため経費がかかるエアコンを置かず、扇風機で夏を乗り切る店が多い。焼きそばは専門店がほとんどなく、食堂の一メニューのため注文を受けると中華鍋で調理する。フライパンでは具や麺が飛び散るためだ。菜箸は麺をかき混ぜるのに便利。

 東北はそば地帯と思われがちだが、米ができない寒冷地ではそばより小麦が栽培された。南部せんべいや「かっけ」、あるいは山形県中央部のうどんといった具合に、小麦粉文化圏が広がっている。その延長で青森県は中華麺の消費が極めて多い。ラーメンやざる中華が人気だ。

 後者は静岡県富士宮市の風景だ。富士宮は焼きそばの町と思われているが、地元にとって焼きそばはサイドメニュー。主役はお好み焼きなのだ。お好み焼きは昭和の中ごろ、東京・浅草で子どもの遊戯料理だった文字焼きとどんどん焼きを座敷に持ち込んで融合させた結果、生まれたと思われる。そのころの浅草のお好み焼きは重ね焼きだった。それが戦前のある時期に富士宮に伝わり、当時存在した大手製紙会社に勤める若い女性たちが好んで食べた。製糸会社はなくなったが、産業を支えた人々が愛したお好み焼きは地元の味として今に残る。いわば「食の産業遺産」だ。

 ご当地グルメと言われる食べ物は、それ自体が誕生の物語を持っている。その物語を読み解けば風土、気候、産業と町の成立過程といったものまで見えてくる。津軽の食堂の風景、富士宮のお好み焼き屋の風景。ともに「そこにしかない」ものだ。そこにしかないのに加えて「そこでなくては生まれることがなかった」風景でもある。

 つまり「景観」にほかならない。

 これまで景観と食は別のものととらえられてきた。美しい景観を楽しんだ後に食事をする。あるいは景観を望む場所で食事をするというように。そうではなくて、私たちは地元の人々が地元では当たり前の食事をしている情景自体を「景観」と考える。食堂のしつらえ、手書きのメニュー、壁に貼られた一日に何本もない電車の時刻表、卓上おみくじ、信用金庫のマッチ箱、まだ現役のピンクの電話、何より客同士が交わすお国なまり。目に見える物、耳に届くものすべてをひっくるめての景観なのだ。

 私たちが考える「食文化観光」とは、単にご当地グルメや郷土料理、旬の食材などを目当てに出かけることではない。あらゆる食の風景の中に土地の物語を発見しようとする旅を指す。その食を生んだ風土や歴史を確かめようとする旅を言う。

 オホーツク海で発生した寒気が南下すると北海道の沿岸は真夏でも気温が10度を切ることがある。だからかつては米ができず、温度が安定した地中で育つジャガイモ、タマネギ、ビートを植えた。その冷気はさらに南下して青森県の太平洋側に達する。「やませ」と言われる現象だ。ここでもやはり米ができず地中でゴボウやニンニクを育てた。こうして「産地」が形成されたわけだが、そこに至る背景と物語は意外に知られていない。

 しかしひとたび現地で海面を白く染めながら南下してくるオホーツクの冷気を見て、その寒さを体感すれば、何から何まで腑に落ちるのだ。見渡す限りに広がるジャガイモやゴボウの畑も、また別の意味で「景観」と言える。

 繰り返せば、食は物語を内在する。その物語は歴史性と空間の広がりを持つ。何気ない地元の食の情景の中に主張することなく潜んでいる物語。それを「景観」として味わうことが、地方都市の魅力の発見につながる。

 日本の多様な食の分布を新たな観光の入り口とし、人を呼び込むことによって地方活性化に資することが、私たちの願いだ。

常任顧問 野瀬 泰申/日本経済新聞社 特任編集委員


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